大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(行ツ)2号 判決 1969年7月03日

上告人 日本商工振興株式会社 破産管財人

被上告人 日本橋税務署長

訴訟代理人 川島一郎 外三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由

論旨は、原判決が破産者日本商工振興株式会社(以下破産会社と称する。)における株主優待費の支出は法人税法上同社の損金を構成するものと解し、これを損金と認めなかつた被上告人の同社に対する法人税の各更正決定を違法としながら、被上告人の右判定の誤りは明白性を欠くものとして、それら更正決定を当然無効と認めなかつたのを、法律の解釈を誤つたものと非難する。

原判決の認定したところによれば、破産会社は貸金業その他を営業目的とし、その資金調達のため幾度か増資を重ねたが、その各増資手続における新株の発行は、同社の役職員を形式的に株式引受名義人としてこれを引き受けさせ、払込みはいわゆる見せ金により、無記名株券を作成したうえ、その株式の買受人を募集し、応募者の買受代金は通常同社において立替払いの形式をとり、これを買受人から割賦償還の方法によつて同社に払い込ませ、買受株式額面相当額の支払いのあつた後に買受人に株券を交付していたというのである。そして、かくして破産会社の株主となつた者は、一定の期間経過後同社から一定金額を限度として持株額面額の三倍まで融資を受けうることになるが、融資を希望しない株主には、同社の営業に利益があると否とにかかわりなく、また同社の決算期とも関係なく、一定の割合をもつて計算された株主優待費なる名目の金員が支払われ、なおその持株を他に譲渡を希望するときは、同社から額面相当額の株式譲渡代金の立替払いを受けることもできる定めになつていたというのである。

そして、右のような仕組のもとに支払われる株主優待費は、破産会社がその支払いをしても、法人税法上はその支出を会社の損金に算入することが許されないことは、当裁判所昭和三六年(オ)第九四四号、同四三年一一月二三日大法廷判決(民集二二巻一二号二四四九頁)の判示するところである。

そうすると、本件株主優待費の支出が法人税法上損金を構成するものと解した原判決は法律の解釈を誤つたものであり(もつとも、この違法は、判決に影響を及ぼすものではない。)、本件係争の各更正決定には違法はないことになるので、その違法を前提とする論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)

上告理由

第一点原判決は行政処分の無効原因について法律の解釈を誤つた違法がある。

原判決は本件破産会社のいわゆる株主優待費の支出について法人税法上損金に該当するものと極めて正当に評価判断しもつて被上告人の本件株主優待費の支出を利益の配当なりとし、法人税法上益金勘定とみなしてした本件法人税の各更正課税決定を違法処分であると断定しながら、しかもなお結局被上告人の右判定の誤りは明白性を欠くものであるから右各更正決定の無効原因とならないと判示して上告人の無効確認を求める請求部分を失当として棄却した。

すなわち、原判決はその理由において、「破産会社は、貸金業その他を営業目的とし、昭和二五年五月一〇日資本金一〇〇万円、(一株の金額五〇円、二万株、をもつて設立され、その後昭和二八年九月頃に至る迄継続的に幾度となく増資を重ね、遂に資本金として一二億円を計上するに至つたこと、破産会社は、右の各増資に当り、まず、破産会社の役員または職員等を形式的に株式引受人とし、株金の払込は、所謂見せ金により、破産会社の取引銀行を株式払込取扱銀行とし、同銀行に対する破産会社の当座または普通預金をもつて株金の払込に充て、払込保管金(別段預金)口座に振替え、増資の登記手続を完了した後、もとの当座または普通預金に戻入れる等の方法をとつていたこと、他方、破産会社は、右の各増資毎に、実質上払込のない所謂空株(抱株)の無記名株券を発行し、ついで、本社はもとより関東地方一円に亘つて設置さたた支社或いは支部または営業所並びにこれらが雇傭する多数の外務員を動員して右株式の譲受人を募集し、その応募者をして、一時払により、もしくは、破産会社において経理操作により一時券面額相当の金員を立春え、これを日賦または月賦償還させる方法により(但し、実際には一時払による例は極めて少なかつた)、券面額相当の金員を全額支払わしめた後株券を交付する(なお、右の償還金の支払を怠り、または、償還契約を解消したときは、既に払込の分より所定の経費を差引き、償還期間満了の後に無利息で返戻する)こととしていたこと、このようにして株券の交付を受けた者が株式の譲渡を希望する場合は、それが一定の期間を経過していれば、何時でも、破産会社は、その券面額による譲渡の斡旋方を引き受け、株券の提供があれば直ちにこれと引換えに即ち譲受人の有無にかかわらず、同人に対し、株式譲渡代金の立替払名儀の下に券面額相当の金員を支払うものとし、これら譲渡申込にかかる株式については、更に、前記同様の手段方法により、その譲受の希望者を募集し、その応募者から券面額相当の金員の払込を受けることとして、これと前記新株発行による増資との二元的操作を繰り返えしていたこと、なお、株式譲受の応募者がないとき、或いは、それが不足のときは、その部分につき形式的名義人に対する貸付金の形をとり、株券はそのまま破産会社に留保されていたこと、また、破産会社は、前記の方法により株券の交付を受けた者に対し、一定の期間を経過した後において、一定金額を限度として持株金額の三倍迄融資をするものとし、右の融資を希望しない者に対しては所謂株主優待費なる金員を支払い、その額は前記のような株金支払の方法または株主優待費の支払方法等の如何により異なるが、一定の割合(これは、いずれも、一般預金利子より高率である)によつて計算されたものであり、しかも、それは、正規の利益配当とは別途に(もつとも、現実には、このような利益配当は全くなされていなかつた)、破産会社に利益があると否とを問わず、かつ、破産会社の決算期には全くかかわりなく支払うものとされていたこと、そして、破産会社の前記株式譲受人の募集に際しての宣伝文句は株主相互金融方式による手軽な融資と高額な株主優待費の支払ということであり、株主となつた者の一般的な意思も、会社の業績向上に伴う増配または増資による利廻りの向上とか株価の昂騰による転売利益の獲得を目的とする通常の株式投資の場合と著しく趣を異にし、融資を受ける便宜を得ようとするのでなければ、もつぱら、有利にして確定した高率の株主優待費という金員の支払を受けることによる利殖を期待していたこと、」を認定し、ついで、「ところで、法人税法は、その第九条第一項におい、法人の各事業年度の所得は各事業年度の総益金から総損金を控除した金額によると規定し、右にいう益金、損金の意味内容については、特に個別的に規定する場合を除き、一般に解釈に委ねているが、ある支出が、益金処分となるか、それとも損金を構成するかの判断に当つては、その法的形式の外面にとらわれることなく、当該企業経営の実態を解明し、問題の支出が企業の経営において果たす役割乃至機能を実質的に把握考察して決すべきものと解される。今これを破産会社の本件株主優待費について考察するに、前記認定の事実から明らかなように、破産会社は、形式的に、会社の役職員等が新株を引受け、株金の払込をしたことにして増資の手続を整えているけれども、それは所謂見せ金によるものであつて、実質的な払込はなく、また、この増資手続による株式を譲り受けた者のため、破産会社は、一時その譲受代金(それは、株式の時価ではなく、常にその額面金額と同額である)を立替払(但し無利息で)して、これを割賦償還させるものとしているが、右の立替払というのも単に経理上の形式的なものに過ぎないで実際に支払われるものでなく、結局、実質的には増資新株に対する右の割賦償還金の払込によりはじめて株金相当額の社外よりの支払がなされる計算となるのであり、そして、右の償還金の支払を完了した株主は、一定の期間を経過すれば、その払込金額に対し、破産会社より一定率による株主優待費名義の金員を、破産会社の利益の有無にかかわりなく、かつその決算期と無関係に支給され、更に、その希望により何時でも株券と引換えに、破産会社よりその幹旋による株式譲渡の代金の立替払を受ける(それは譲受人の有無にかかわらず且つ株式の時価と関係なく、その額面金額と同額で破産会社が株式を引き取ることにほかならない)ことにより、実質的にはその払込金額相当の金員を回収することができ、また、破産会社の株主一般の意思も、通常の株式投資の例と趣を異にし、もつぱら、高率な株主優待費の受給を期待していたのであるから、これらの事実その他前記認定にかかる事案の実態を直視する限り、破産会社の株式は極めて特異な性格、機能を有し、会社資本としての意義は全く名目上のものに過ぎず、実質的には広く預金乃至掛金を集めるための手段であり、これに対応して支払われる株主優待費なるのも、名目はともあれ、その実質は資金利用の対価たる預金利子類似のものに外ならないといわざるをえない。従つて、企業会計的見地からすれば本件株主優待費の支出は法人税法上破産会社の損金を構成する(もつとも、その支払を受ける株主にとり、それが所得税法第九条第一項第一号の利子所得となるか、同項第一〇号の雑所得となるかの点はしばらく措く)ものと解すべきである。」と判示しながら、「しかるに、被控訴人が、破産会社の本件株主優待費の支出につきその損金性を否認して、別紙目録記載(1) (2) の各更正決定をなしたことは当事者間に争のないところであるから、右の各更正決定はいずれも違法のものというべきであるが、しかし、本件株主優待費の支出が法人税法上の損金に該るか否かは、上述のような本件株主優待費の有する実質的経済的な意義乃至機能の確定と、見解の分れうる法人税法上の論点についての解釈を侯つてはじめて判定さるべきものであつて、その判定の誤をもつて直ちに明白なものとは到底いえないから、他に特段の事情が認められない以上、右の違法は前記各更正決定の無効原因となるものでない。従つて、その無効確認を求める控訴人らの請求部分は失当として棄却を免れない。」と結論づけているのである。

原判決の右の見解は行政処分の無効原因として当該処分庁の事実誤認ないし処分の瑕疵が重大かつ明白であることを要するという通説的立場を無批判的に受入れた結果、折角根本問題において正当かつ合理的な判断に立ちながら、結局その建前の貫徹を放棄するにいたつたのは惜しみても余りあることといわねばならない。

本件においていわゆる株主優待費の支出を損金とみるかまたは益金の処分とみるかは、法人税の納税義務者としても、はたまた徴収権者としての国にとつてもまつたく正反対の結果を来たし、とくに義務者の立場からはその存在を左右しかねない致命的な重要性をもつ問題であることはいうまでもない。すなわち、法人税法は法人の各事業年度の所得を対象として課税する建前であつて、その所得はその事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額(旧法九条一項、新法二二条一項)であるから、損金であるべき株主優待費の支出額を逆に益金とめるときは、所得のないところ、いな損失勘定の法人に課税を強制するという税制の根本を覆えす由々しい大事を内包する問題なのである。したがつて原判決が正当に指摘した被上告人の課税処分の誤りは単に当該処分を取消しうべきものとする程度では放置できない租税制度の根本にかかわる重大性を持つものといわなければならない。はたして然りとすれば、この一事、すなわち被上告人のした課税処分を違法ならしめる瑕疵の重大性はその一事をもつてして直ちに該処分を無効ならしめるものといわなければならない。しかるに原判決はこれに加うるに明白性を欠くものとしてたやすく上告人の請求を棄却したのは行政行為の無効要件について誤判した違法がある。

元来行政訴訟制度の存在理由の第一義は、公権力の行使に対して人民個人の権利および利益を司法権の盾をもつて保護、救済し保障するにあることは、英米法の本来の在り方、とくにアメリカの行政手続法やまたフランスの行政判例法の発展過程、あるいは西ドイツのドイツ連邦共和国行政裁判所法等諸先進国の行政裁判制度の発展過程の志向し、かつ定著している理念であつて、プロシア的な秩序維持的観念を優先せしめる考え方はすでに過去の遺物といつてよい(バーナード・シユウオーヅ著アメリカ行政法人門―An Introduction to American Administrative Law P. I 以下)。しかもわが国憲法は、国民の基本的権利を最大限に尊重し、最高にして不可侵の永久的権利として規定する(一一条九七条)。他方納税義務について租税法律主義をとつている(三〇条)。加うるに行政裁判については、行政機関たる行政裁判所を廃止して司法裁判所の管轄に編入し、行政行為も司法裁判所のレヴユーに服せしめ、行政権に対する個人の権利の保護、救済の理念に徹する司法国家としての態勢を確立したのである。このような憲法上の根本かつ最高の理念と要請とに照らすとき、本件課税処分に存在する瑕疵の重大性は法人税法はもちろんのこと租税制度一般の根本原則を破壊する底のものであると断ぜざるをえない。換言すれば、右瑕疵の存在の意味するところは、ひつきようするに、名は法人税法の執行に藉りながらも、実質は法人税法の理念や根本原則に対し、その反対の極にある課税処分、つまり法人税法にもとづかない課税処分というべきであるから、憲法三〇条違反の課税行為といわなければならないのである。

したがつて、原判決が本件課税処分の瑕疵の重大性を認めつつも明白性を欠くとして該処分の無効確請求を否定したのは、単に行政行為の無効の基準についての解釈を誤つた違法があるにとどまらず、租税法律主義の根本原則に違反した課税処分の効力を究極的に認容したことになる点において、憲法三〇条違反の違法を犯したものというべく、破棄を免がれない。

第二点原判決は行政処分の無効原因に関する判定基準を誤解した違法がある。

被上告人の判示課税処分の内容には前述のような重大な瑕疵があるのであるが、右処分を無効ならしめるには重大性のほかに、かりに明白性を必要と解するとしても、右課税処分は結局無効と解せざるをえない。何となれば、行政行為の無効とさるべき瑕疵について重大性の要件のほかに明白性の要件を併せ考えるべきものと仮定して、あえてその合理的理由を探求するとすれば、瑕疵の明白でない無効とすることによつて、他に何らかの不利益を与える可能性のある場合が想定される。論者あるいは行政の円滑な遂行、行政上の法的安定性、国民の信頼の保護等を害する場合を挙示する。しかしながら行政行為による個人の権利の侵害の保護と救済こそが、前述のように近代的行政訴訟割度の最優先的理念とするならば、無効たるべき行政行為によつてすでに何らかの権利または利益をえた第三者が該行為が無効と宣言せられることによつてその権利または利益を著しく害せられ、無効なるべき行政行為の被害者の利益保護との間に著しい法益の均衡を欠くような場合を除いて明白な瑕疵がある場合だけ無効を認められ、前審手続の省略、出訴期間の排除が許されるとする合理的根拠が見出しがたい(判例時報別冊附録三九号-一九六一年七月一日号所載神谷昭「行政行為の無効原因としての明白性の要件」および右論文引用の雄川一郎論文参照)。けだし行政上の諸要請に対しては個人の権利の救済と正義の理念が時と場所を問わずつねに優先するからである。そうしてみると本件の場合、本件課税処分を無効と宣言することによつて国が徴収した税金額を上告人に返還する義務を負担するほか、何人に対してもその既得権利ないし利益を害する惧れは毛頭ありえずまたないのである。

そうだとすれば、このような場合にまで本件課税処分の無効基準として重大性のほかに明白性の要件を要求する原判決は、何らの合理的理由なくして上告人の請求を否認したことに帰着し、破棄さるべきものと信ずる。

第三点原判決は行政行為の無効基準を誤解し、ひいては判断を遺脱ないしは理由不備、理由そごの違法がある。

一定の行政行為が無効とされるについて重大性のほか明白性の要件を必要とするものと仮定しても、「行政庁が具体的場合にその職務の誠実な遂行として当然に要求せられる程度の調査によつて判明すべき事実関係」の誤認は明白な違法がある場合に該当する(神谷、前掲論文参照)。

けだし、国民の基本的人権尊重主義の旗を高く掲げ、かつ司法国家体制をとるわが国憲法のもとでは、アメリカ憲法下と同様行政行為、行政過程に適正手続を確立、保障することによつて、行政権の不当な行使から個人の権利や利益の保護、救済を確保しなければならない。それは単に全体の奉仕者としての立場上だけでなく、憲法上の要請といつてよい(三一条、なお、シユオーヅ前掲書一〇三頁以下、判例時報四二八号昭和四一年一月一日号所載、白石健三「行政事件訴訟のあり方」参照)。そうだとすると被上告人は調査と聴問の手段や手続を尽くすことによつて、本件の場合いわゆる株主優待費の企業会計学的性質について容易に、原判決説示のようなものであることが理解できたであろう。それは税務行政庁たる被上告人らがいたづらに恣意と独断にもとづいて国家資金の蒐集に権力主義を発揮することなく、公正に冷静に法人税の命ずるところに従つて調査義務を尽せば、納税義務者にとつて致命的な重大性を有する違法を犯すことを容易に避けえたのである。そしてその実態の把握については被上告人らは企業会計または税務の実情にうとい裁判官よりもはるかに明るかるべきはずであり、かつ本件課税処分(各更正決定)当時本件訴訟過程において上告人が提出した書証および証人については会社に備付けているか、または進んで提出説明し、あるいは聴問を希望していたことは原審証人常盤松美の証言よりしても明らかであるから、被上告人らは原判決以上に豊富な調査資料を入手しえているはずなのである。ところが裁判官より専門的知識を有するはずの被上告人が重大な違法を内包する課税処分をしたということは、明らかに本来課された調査義務を放棄したものとのそしりを免れえない。そしてこのような場合明白な違法があつたものというべきこと前述のどおりであるから、結局本件課税処分は重大かつ明白な誤認瑕疵があることに帰し、無効たるを免れないのである。この結論の過程は、昭和四〇年八月一七日最高裁判所第三小法廷判決(昭和三八年(オ)第八二四号)が明白性の要件を機械的に形式的かつ概念的に固執してきた来の態度を一歩進めて、「行政庁が自ら違法に作出した状態を利用して、そのような状態の存在を要件とする処分を行なうことは、もともとその処分を一定の要件のもとに許容した法の趣旨に適合するものといいがたいから、……右土地を未墾地の状態にあるものとして買収する処分を瑕疵あるものと解したのは、首背しうるところである。しかも、それは、違法の立入禁止さえなかつたとすれば、明白に農地化されていて未墾地として買収されるはずのない状態を現出していたものと想定しうる場合であるから、本件買収処分は無効たるを免れないと解した原判決の判断」を支持したところとまさに一致符合するものである。すなわち処分庁が自ら作出した状態を利用して処分をすることと、伯ら負担している調査義務を放棄しなければ明らかに看取しえた事実を看過して処分を強行したこととは、公正ないし適正手続の要請からみて同一に帰するからである。原判決はこの点で行政行為の無効基準を誤解し、または正当な基準の適用を怠り、よつて判断を遺脱したか、理由不備、理由そごの違法があり、ひいては適正手続を規定する憲法三一条違反の疑いがあり、破棄さるべきものと思料する。

第四点原判決は行政行為の無効原因たる事実を看過し、よつて判断遺脱か理由不備、理由そごの違法がある。

旧法人税法九条一項は、法人の各事業年度の所得は「各事業年度の総益金から総損金を控際した金額による」と規定しており、さらに新法人税法二二条によればその一項は旧法九条と同旨の規定をし、さらにその三項に「損金の額に算入すべき金額」を列挙している。同条同項三号によれば、損金として取扱いうる額について、「当該事業年度の損金の額で資本等取引以外の取引に係るもの」を挙げ、かつ同条四項に右の資本等取引の意義について、「法人の資本等の金額の増加又は減少を生ずる取引及び法人が行なう利益又は剰余金の分配をいう。」と規定して、増資または減資による場合および利益配当や剰余金分配による支出は損金と認めない旨新たに規定し、もつて従来いわゆる蛸配についての議論に法律的に終止符を打つた。

いわゆる蛸配と称する違法配当は、厳密な意味で利益の配当でなく純会計学的には損金的支出とみるべきであろう。利益がないにもかかわらず利益を仮空に作出するものだからである。しかしながらその利益の作出の方法は、貸借対照表上資産勘定を水増し、あるいは損失勘定を過少操作し、またはこの両種の方法を併用するのである。この場合計算関係実務のヴヱテランである税務の公務員もその実態を明らかに分析することは容易のことではなかろう。したがつて、かりに行政行為の無効基準として重大性のほか明白性の要件を必要とする見解に立てば、いわゆる蛸配の場合その損金的支出なりや利益の処分なりやは全く判明しがたいだけでなく納税義務者たる法人が自ら仮空の利益を貸借対照表上に作出して公正な行政行為による権利の保障に対する期待権を放棄しているのであるから、この点においてすでに救済を受ける余地がないものとしなければならない。それゆえにまた新法二二条が蛸配による支出を損金勘定から除外する方法によつて、従前の問題点を除去解決したことの正当性が肯定できるのである。

ところが、本件株主優待費の支出はどうか。それは甲各号証とくに甲第七号証の二の破産会社の当該事業年度の貸借対照表(同号証の三破産開始貸借対照表参照)の記載によつて一見明らかなように、利益勘定でなくて損失勘定の帖尻なのである。かくして被上告人はいわゆる蛸配の場合とはまつたく異なり、容易に本件株主優待費の支出、すなわち原判決が正当に指摘判断しているように損金勘定項目に属する支出であることを明確にすることができたのである。そしてこの場合原判決も判示するように「株主」優待費という名称、名目はその実態を隠蔽するとの口実を与えうるものではないことは、三才の童児といえども理解しうるところであろう。

はたしてそうだとすれば、この点においても本件課税処分を違法ならしめる瑕疵は重大性のほかに明白性の要件をも満たすものというべく、これを看過した原判決は、結局釈明権を行使しなかつたか、あるいは判断の遺脱があるか、理由不備、理由そごの違法があり、破棄を免れないと信ずる。

なお、上述の各上告論旨を綜合した立場よりする判断をも期待することを附言する。

以上

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